「あまりにも過酷な犬猫の現状を知ってほしい……」「とめどなく産まれては殺されていく犬猫たちを何とか減らしたい……」そんな思いで始めた活動ですが、当時は低料金で手術してくださる病院がほとんどなく、その費用の高さゆえに多くの人がしたくてもできない状況にありました。
捨て犬猫を未然に防ぎ、かつ無益な殺生を食い止めるためには、飼い主の責任もさることながら、不妊手術の普及なしには絶対に実現できないことは、動物問題に携わる人間ならば誰もが痛感していることでしょう。
しかし、当時は不妊手術自体の認知度も低い上に、今よりももっと多くの人が手術に対して偏見を持っていた時代でした。
「自然に反する」「人間のエゴだ」 もっともらしく聞こえる意見も、犬猫の繁殖の凄まじさと、年間処分数30万匹(内、80%が子犬子猫、1980年代は年間80万頭以上が処分されていた)という現実を知らないからこそ出る言葉です。
一般飼い主のみならず、率先して手術の重要性を説くべきはずの獣医師ですら、手術の普及に難色を示す中、当時、思いきって私は首都圏の約2000名の獣医師に協力依頼の手紙を出しました。犬猫の置かれている現状と手術の必要性を訴えるとともに、あくまでも捨て犬猫を減らすための特別措置として協力を求めましたが、返答があったのはわずか150名ほどで、その半数は予想通り活動に対する批判でした。
賛同できない理由のほとんどは料金的なものでしたが、中には「健康のためにも一度は出産させたほうがいい」「不妊手術が普及すれば犬猫は絶滅してしまう」「手術と処分数は関係ない」などという意見があったり、協力獣医師に圧力をかけてやめさせるケースも相次ぎ、どうしたら獣医師とボランティアの距離を埋められるかが大きな課題になりました。
2010年2月、アメリカのロサンジェルス市でついに犬猫の不妊手術が義務化になり、生後4ヵ月までに手術しない場合は(健康に問題があったり、使役犬、免許のあるブリーダーの犬猫は除く)、罰金と最高6ヵ月の禁固刑が下されることになったそうです。
折しも20年前、現地の動物活動家の誘いでロサンジェルスに視察に行った際、すでに不妊手術は公衆衛生や動物への人道的な立場から実費程度に抑えられ、公共サービスとして社会に認知されていたのを知っていただけに、法制化に至るまでの道のりがどれほど長く険しいものだったかを想像せずにはいられません。
長年の活動の中で残念に思うことは、いまだ多くの人たちが動物たちの悲劇を知らないという現実です。
もちろん私たち動物問題に携わる人間の力不足ということもあるでしょう。
また、知ったとしても、何も感じない、何も変わらないという人のほうが多いかもしれません。
しかし、動物問題はあまりにも私たちの生活に密着しているだけに、知らないということはある意味罪ではないでしょうか。
苦しんでいる動物はなにも犬猫だけではありません。
食用にされている動物たちがどのように産まれ、どのような環境で育てられ、どのような殺され方をして食卓に上がっているかを考えて食べている人はほとんどいないでしょう。
お財布やキーホールダ―などなど、安い小物にさえも使われている毛皮が、養殖され、生きながら皮をはがされたタヌキやキツネであることも、ほとんどの人が知りません。
医薬品だけでなく、洗剤や化粧品、ありとあらゆる製品に実験用として使用されている動物たち。
世界中で捕獲され、劣悪なペットショップや動物園で苦しみながら命を終える動物たち。
住む場所を奪われ、滅びゆく野生動物。
昔と違って、今はネットというツールがあり、知ろうとさえすれば、いつでも世界中の情報が手に入る時代です。
いやな事、見たくない事は避けて通りたいと思うのが人間の常であり、まして今までの生活や考え方を否定されるような情報は誰しも受け入れがたいことかもしれません。
もちろん私自身も、1匹も動物を犠牲にしない生活などしているわけではなく、常に自分の中で矛盾を抱えています。
しかし、一人でも多くの人が、無数の動物たちが闇から闇へ葬られているという真実を知り、少しでも動物を犠牲にしない生き方や生活を選択すれば、世の中はきっと変わっていくのではないでしょうか。
20年前と比べると、処分数も大幅に減り、犬猫の不妊手術率も確実に上がりました。
身勝手な人間の品評会のようだった会への相談事も、少しはましになってきていると思うのは私だけではないはずです。
どうでもいいような情報があっと言う間に日本中に広がることに比べ、大切なことは何一つ報道されない世の中ではありますが、心に受け皿を持つ人たちは着実に増えてきています。
全国津々浦々で繰り返される動物虐待や多頭飼育問題など、犬猫に関することだけでも取り組まなくてはならないことは常に累積していますが、今できることの一つとして、微力ながら、ネットワークはこれからも不妊手術の常識化に力を注いでいくつもりです。
*会が行っている紹介活動は、手術料金に悩む方の負担を軽減するとともに、さまざまな人たちに現状を知っていただく1つの手段として行っています。
野良猫問題でお悩みの方、保護した犬猫の手術費用にお困りの方はぜひご利用ください。
2010年12月
不幸な犬猫をなくすネットワーク代表 多田和恵